1980年代のアイドル黄金期を駆け抜けた近藤真彦さん。
「ギンギラギンにさりげなく」など数々のヒット曲で一世を風靡し、「マッチ」の愛称で親しまれてきました。
甘いマスクに不良っぽい雰囲気を併せ持ち、当時は全国の女性ファンを虜にした伝説のイケメンアイドルです。
そんな近藤真彦さんも2024年に還暦を迎え、「老けた」「太った」という声も聞かれるようになりました。
本記事では、若い頃のイケメンぶりから現在の姿まで、近藤真彦さんの変わらない魅力に迫ります。
近藤真彦は若い頃からイケメン!デビュー当時の魅力を画像で振り返る
近藤真彦さんの若い頃は、ジャニーズアイドルとして圧倒的な人気を誇っていました。
1979年のドラマ『3年B組金八先生』で俳優デビューを果たし、田原俊彦さん、野村義男さんとともに「たのきんトリオ」として一躍スターダムにのし上がります。
翌1980年には「スニーカーぶる〜す」で歌手デビューを果たし、1980年代を代表する男性アイドルとなりました。
当時の近藤真彦さんは、甘い顔立ちと少年っぽさを残しながらも、どこか不良っぽいヤンチャな雰囲気が魅力でした。
完璧な王子様タイプではなく、「不器用だけど真っ直ぐ」「汗だくで全力」という人間臭さが、多くのファンの心を掴んだのです。
ジャニーズ入所からデビューまで!10代のイケメンぶりが話題に

近藤真彦さんがジャニーズ事務所に入所したのは13歳の頃でした。
きっかけは、少年野球チームの監督の娘さんがチーム全員の集合写真をジャニーズ事務所へ送ったことです。
その写真の中から、社長のジャニー喜多川さんが近藤真彦さんの顔に○印をつけ、「この子をスカウトしたい」と連絡したのが始まりでした。

当時の近藤真彦さんは丸刈りで顔が小さく、ひょろひょろした体型だったため「マッチ棒」と呼ばれており、それが「マッチ」という愛称の由来となります。
デビュー前の10代の頃から、ジャニーさんに見出されるほどの輝きと魅力を持っていたのです。
スリムな体型と短髪のスタイル、少年らしい純粋さとヤンチャな性格が同居した姿は、まさにアイドルとして理想的な素材でした。
「ギンギラギンにさりげなく」でブレイク!80年代のかっこいい姿

1981年にリリースされた「ギンギラギンにさりげなく」は、近藤真彦さんの代表曲として今でも語り継がれています。
この曲で近藤真彦さんは一躍トップアイドルの仲間入りを果たし、『ザ・ベストテン』や『ザ・トップテン』などの歌番組に引っ張りだことなりました。

ステージ上でのパフォーマンスは圧巻で、ファンによる「親衛隊」も数多く誕生しています。
「G・U・T・Sこんどーまさひこアダルトタッチのセクシーボーイ ま〜っさひ〜こ〜」という応援コールは、当時の熱狂ぶりを物語るものです。
80年代の近藤真彦さんは、華やかな衣装を着こなし、リーゼントヘアスタイルでクールなイメージを確立しました。
男性アイドルとしては珍しく同年代の男性ファンも多く獲得し、「男から見てもかっこいいタイプ」として支持されていました。
若い頃の近藤真彦の人気ぶりと当時の画像まとめ

若い頃の近藤真彦さんの人気は、数字にも表れています。
1981年と1983年にはブロマイド年間売上成績で第1位を獲得し、1982年には『ゴールデンアイドル賞』を受賞しました。
そして1987年の『第29回日本レコード大賞』では「愚か者」で大賞を受賞するという快挙を成し遂げます。
当時の写真を見ると、甘いマスクに不良っぽさを併せ持った独特の魅力が伝わってきます。

完璧な美形というより、「本気でぶつかる姿」「努力と根性と情熱」という昭和的な青春の象徴としてのかっこよさがありました。
ネット上では今でも80年代の近藤真彦さんの写真や映像が「鼻血が出るほどカッコイイ」「伝説級のイケメン」と称賛されており、時代を超えて愛され続けています。
近藤真彦は老けた?現在の姿とかっこいい魅力を徹底調査
還暦を迎えた近藤真彦さんに対して、「老けた」「太った」という声が聞かれるようになりました。
2015年の『おしゃれイズム』出演や2018年前後の音楽番組出演をきっかけに、ネット上では「久しぶりに見たら老けていた」という反応が見られています。
若い頃のイメージがあまりに強烈だったため、同一人物として比較されたときに変化を感じる方が多いのでしょう。
しかし一方で、「60歳には見えない」「素敵な年の重ね方をしている」「渋いイケメン」といったポジティブな評価も数多く存在します。
年齢を重ねたからこそ醸し出される大人の魅力、そして今もなお現役で活躍し続ける姿勢が、多くのファンを魅了し続けているのです。
「老けた」と言われる理由は?現在の画像と若い頃を比較


近藤真彦さんが「老けた」と言われる理由には、いくつかの要因があります。
まず、加齢による自然な変化です。
2024年に還暦を迎えた近藤真彦さんは、年齢相応に顔がふっくらとした印象になっています。
本人もインスタグラムで「トライアスロンをやってた頃の体重は50キロ台、今や63キロいったりきたり(笑)」と公表しており、体重が約10キロ以上増加したことを認めています。
若い頃の58キロ前後のスリムな体型と比べると、確かに変化は明らかです。
また、レース関連の活動でテレビ露出が減っていた時期に久しぶりに姿を見た視聴者が、ギャップを感じて「老けた」と反応したという側面もあります。
さらに、過去の不倫騒動などのストレスも外見に影響を与えたと考えられています。
60代になってもかっこいい!変わらない近藤真彦の魅力とは

近藤真彦さんの魅力は、年齢を重ねることでむしろ深みを増しています。
還暦を迎えた2024年には日本武道館でコンサートを成功させ、2025年には全国ツアーや舞台公演をこなすなど、エネルギッシュな活動を続けています。
近藤真彦さん自身は「60歳を過ぎて抜けた感覚がある」「還暦を味方につけた」と語っており、年齢に対して非常にポジティブな姿勢を持っています。

レーシングチーム「KONDO Racing」の監督として、さらには日本レースプロモーション取締役会長として、モータースポーツ界でも重要な役割を担っています。
歌手としてだけでなく、実業家やレーサーとしても成功を収めているその多才さが、近藤真彦さんの魅力をさらに引き立てているのです。
年齢を重ねても挑戦し続ける姿勢が、多くの人々に勇気を与え続けています。
近藤真彦wikiプロフィール

プロフィール
- 本名:近藤真彦(こんどう まさひこ)
- 生年月日:1964年7月19日
- 年齢:61歳(2026年2月現在)
- 出身地:神奈川県大和市
- 身長:174cm
- 血液型:O型
- 所属レコード会社:Sony Records
- 愛称:マッチ(名付け親は松原秀樹)
経歴
- 1979年10月:TBSドラマ『3年B組金八先生』で俳優デビュー
- 1980年12月12日:「スニーカーぶる〜す」で歌手デビュー
- 1981年・1983年:ブロマイド年間売上成績第1位
- 1982年:ゴールデンアイドル賞受賞
- 1987年:第29回日本レコード大賞「愚か者」で大賞受賞
- 1988年〜1993年:全日本F3選手権に参戦
- 1994年:一般女性と結婚
- 2000年:KONDO Racing Team設立
- 2007年:第一子となる男児誕生
- 2021年4月30日:ジャニーズ事務所退所
- 2023年4月:日本レースプロモーション取締役会長就任
- 2023年5月:頸椎症性脊髄症の手術を受け成功
- 2024年:還暦を迎え、日本武道館でコンサート開催
まとめ

近藤真彦さんは、1980年代のアイドル黄金期を代表するイケメンとして、多くのファンを魅了してきました。
若い頃は甘いマスクと不良っぽさを併せ持ち、「ギンギラギンにさりげなく」などのヒット曲で一世を風靡します。
還暦を迎えた現在は「老けた」という声も聞かれますが、一方で「素敵な年の重ね方」「今もかっこいい」と高く評価されています。
歌手としてだけでなく、レーシングチーム監督や実業家としても成功を収め、多才な活動を続ける近藤真彦さん。
年齢を重ねてもなお挑戦し続けるその姿勢こそが、最大の魅力と言えるでしょう。今後の活躍にも期待が高まります。